東太平洋の熱帯収束帯 (ITCZ)は赤道から緯度方向に5o-10oほど離れており、また一年の大半は北半球側にだけ存在することが知られている。 一方、3月から4月にかけては南半球側にもITCZが現れ、北側をふくめ2本の対を形成することから二重ITCZと呼ばれる。 しかしながら、二重ITCZが南半球秋季にだけ現れ、北半球秋季にはまったく生じないことの理由は、必ずしも明らかにされていない。
本研究では、南半球秋季における東太平洋二重ITCZの成長メカニズムを解明するため、 熱帯降雨観測衛星(TRMM)およびマイクロ波散乱計QuikSCATを用いて、海面水温(SST)、下層収束場、可降水量、浅い積雲や深い対流雲、海面熱フラックスの8年(2000年から2007年)にわたる気候値を解析した。 解析結果によると、南半球ITCZの最初の兆候は1月にはすでにSSTに現れていた。 これを南東太平洋温水帯と呼ぶことにする。温水帯はその顕著な特徴として90ºWにSST最大値を取るが、これは正負も地理的パターンもまちまちな複数の海面熱フラックスが競合する結果として説明できることが示された。 下層収束と可降水量は、南東太平洋温水帯上でじわじわと発達する。 2月になると浅い積雲が南半球ITCZに沿って増殖し、その一ヵ月後の3月になってようやく活発な深い対流雲が組織的に南半球ITCZのパターンを形成するようになる。 すなわち、二重ITCZは南半球秋季に突然出現するわけではなく、先行する夏季に始まるSSTの上昇が引き金となって段階的な進化の末に形成される事実が明らかにされた。
次に、南東太平洋温水帯をもたらす主要な原因を探るため、簡単な仮想実験を行った。 実験では、海洋混合層の熱収支を衛星データから推定される海面熱フラックス(長波・短波・潜熱・移流・湧昇)をもとに計算した。 ここでは、以下に述べる2組の実験を行う。 一つ目は「北半球秋季実験」であり、11月1日の観測値を初期条件としてSSTを熱収支方程式の時間積分により算出する。 対照実験では、すべての熱フラックスの日々の変化を考慮するが、 追加実験ではいずれかの熱フラックスを「偽の」季節の値(今の場合は7月気候値)で固定し、そのほかのフラックスについては対照実験と同じく日々の変動を許す。 もうひと組の実験は「南半球秋季実験」であり、初期条件を7月1日とし「偽の季節」を1月気候値と定義するほかは北半球秋季実験と同じである。 上図に示す実験結果の抜粋(左列が北半球秋季実験・右列が南半球秋季実験)から読み取れるように、短波放射(上から2番目)を切り替えた時に、温水帯が最も顕著に消えたり現れたりすることがわかる。 すなわち、南東太平洋温水帯を駆動する主要因は混合層が吸収する短波フラックスであり、寄与は小さいが2次的な原因として湧昇の効果も見られた。 南半球ITCZが存在する緯度では、南半球夏季から2月下旬にいたるまで日射量が年間最大値を維持し、結果として南東太平洋におけるSSTの極大値を生み出し、ひいては3月の南半球ITCZをもたらす。 北半球秋季に二重ITCZが存在しない理由はもはや明らかである: 北半球の秋は南半球側では先行する季節が冬季にあたるため日射量は少なく、南半球側で温水域を維持することができないからである。 実際、海洋混合層の熱収支計算の結果によると、7月には短波フラックスより潜熱や長波フラックスといった負のフラックスが勝り、混合層は冷却傾向にあることがわかった。 残された謎は、南半球ITCZがなぜ一過性ですぐに消えてしまうかという疑問より、むしろ北東太平洋でITCZが一年中持続できる理由のほうだと言えるかもしれない。
ITCZの南北非対称性を説明する理論は幾つか存在するが、それらの仮説を定量的に検証する観測研究は必ずしも十分になされていない。 この問題意識に立ち、多様な衛星データを駆使して海洋表層の熱収支解析を行うことにより、東太平洋ITCZの赤道非対称性のメカニズムを調査する研究を続けて行った。
解析の結果、海洋が吸収する短波放射フラックス(Qsw)の年平均気候値は、北半球ITCZ内の高層雲による太陽放射遮蔽効果により顕著な南北非対称を示すことが分かった(左図)。 短波放射が引き起こす非対称に釣り合う要因として、海洋混合層の移流による熱輸送(Qadv)が(唯一の要因ではないにせよ)最も重要であった。 他の熱フラックスとくに潜熱フラックス(Qlh)は絶対値としては移流熱フラックスの効果に大きく勝るが、赤道非対称性を説明する上では2次的な効果しか持たない。 移流熱フラックスの非対称性をもたらす原因は、中米沿岸の温水域および(程度は小さいものの)北赤道反流から温水が輸送されること、そしてこのいずれの効果も南半球には存在しないことで説明できる。 中米沖に温水域が形成される一方南米沖の海水が冷たい原因は、おそらく大陸沿岸線が南北非対称に分布する地勢的条件に端を発していると考えることができる。 年平均気候場のみならず、季節変化の振幅に見られる南北非対称も、北半球側だけでITCZが維持される要因として重要である。 地球公転軌道のわずかなゆがみや海洋混合層の短波吸収率の南北勾配など複数の原因が組み合わさる結果、北東太平洋で経験する季節変化は南東太平洋に比べて顕著に振幅が小さい。 海面温度(SST)を熱収支式をもとに算出する簡単な数値実験を行ったところ、振幅の小さな北半球熱フラックスの季節進行はSSTの季節変動を抑制し、その結果ITCZが一年中にわたり定在することが示された。
本研究で得られた結果に照らし、ITCZ非対称性に関する既存の理論を検証した。 1) 風・蒸発・SST(WES)フィードバックはプロセス自体は機能はしているものの、それ単独で赤道非対称を説明するには弱すぎる。 2)下層雲-SSTフィードバックは南米沿岸の局所的な効果に留まる。 3)湧昇-SSTフィードバックは赤道冷舌域に限られ、ITCZを維持する役目を果たすとは考えにくい。
本研究は、解析で用いた放射収支データプロダクト(HERB)の開発・提供者であるコロラド州立大学のTristan L'Ecuyer博士との共同研究として実施された。
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