本研究では、全球雲解像モデル(GCRM)および衛星観測データの複合解析に基づき、 MJOに付随する雲・降水の特性を2006年12月15日から32日間の期間について調べました。 ここで用いたGCRMシミュレーションは、非静力学正二十面体大気モデル(NICAM)です。 NICAM出力結果に Satellite Data Simulator Unit を用いて放射伝達計算を適用し、14GHzおよび94GHzのレーダ反射強度をシミュレートしました。 これら仮想的な「観測値」を通じ、NICAMをTRMMおよびCloudSat観測データと 直接比較することができます。 ここでは、MJOの湿潤期(対流活発期)と乾燥期(不活発期)の間で見られる雲降水特性の 対照的な違いに着目しました。 TRMM観測データに時間・経度帯域フィルタを適用し、MJO湿潤期と乾燥期を抽出します。 また、同じ帯域フィルタをNICAMシミュレーションに重ね、モデル出力におけるMJOフェーズを 見分けることとします。
右図はTRMM PRのCFADおよびNICAMの世界を飛ぶ仮想的な14GHzレーダを想定して計算した CFADです。 CFADとは、レーダ反射強度(横軸)と高度(縦軸)の関数として頻度分布を描いた 2次元ヒストグラムです。 CFADは、湿潤フェーズで深い対流が活発化する一方乾燥フェーズで浅い積雲が頻繁に出現する傾向を 示しています。 モデル結果から合成したCFADも定性的には同様のパターンを示すが、 雪のシグナル(高度約5kmより上の領域)が過大評価されています。 すなわち、特にMJO乾燥フェーズにおいてGCRMが深い対流雲を過度に生産している傾向にあります。 CloudSatのCFAD(左図)では、MJO乾燥期においても高度10kmないしさらに上空に弱い エコーが観測されています。 これは、熱帯大気に広く分布する巻雲に対応しています。 シミュレーションによる94GHzレーダのCFADは、観測で見られた特徴をおおよそ捉えている と言うことができます。 しかし奇妙なのは、モデルの94GHzCFADにおいて高度8km以上かつ反射強度0dBZ以上の領域が すっぱり切り落とされたように欠けていることです(赤印の箇所)。 深い対流雲内の雪に相当するはずのこの部位にシグナルが抜けていることは、 先に見た雪の過剰生成の傾向と一見矛盾するように思われます。
この矛盾を解く鍵は、雪の微物理過程にあります。 CFADを描く際に行なった放射伝達計算において、われわれはNICAM実装のバルク微物理法で 規定された雪粒径分布をそのまま仮定しました。 この粒径分布(雲解像モデルでよく用いられる典型的なもの)は、降雪が激しくなると 大きな粒径に過度に依存するという特徴があります。 粒径がレーダ観測波長と同程度ないしさらに大きい場合、 マイクロ波散乱の効率はもはや粒径が増加しても増加しなくなってしまいます。 すなわち、巨大な雪片が少数存在するより小さな雪片が無数に集合したほうが、 たとえ全質量が同じであってもレーダエコーは強くなります。 この事実は、右図から確かめることができます。 左側のグラフの3本の曲線は、全量が0.01, 0.1, 1 g/m3の雪片に対する 質量分布です。 もともとの粒径分布(実線)を、より小粒子の比率を増やすように変更する(点線)ことを 考えてみます。 結果として、雪水量が大きいとき94GHzの散乱断面積は一桁ちかく増大します(右側のグラフ)。 このように雪の微物理に変更を加えるだけで、94GHzレーダ反射強度は大きく左右されます。
94GHzのCFADを、雪粒径分布に変更を加え再計算したものが最後の図です。 変更前の粒径分布で見られたCFADの空白領域は、すっかりなくなっています。 大粒径の雪片をたくさんの小粒子で置き換えた結果レーダ反射強度は増大し、 CFADの空白域は埋めつくされています。 今回試みた簡単な変更は最適な解決からは程遠いものですが、 このような手法は雲解像モデルの診断と改良指針の一つとして役立つ可能性があるでしょう。
この研究は、東京大学気候システム研究センターの佐藤正樹准教授および 海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターの三浦裕亮博士との共同研究として 行われました。
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