熱帯降水スペクトル

熱帯域の降水雲は雲の高さや降水の激しさに応じて幾つかに分類することができます。 もっともありふれた降水タイプは浅い対流雲です。 浅い対流雲は凍結層(気温が0oCとなる高度)までは届かず、雲粒が凍結することなく 穏やかな雨を降らします。 雄大積雲は凍結層より高く成長し、浅い対流雲より多量の降水をもたらしますが、 雲頂が圏界面(対流圏と成層圏の境界)まで到達することはありません。 深い対流コアは対流圏全体を貫通する背の高い積雲の塔で、凍結層より上空で 生成された大きい氷粒子(雪片や霰や雹)が融けてできる雨粒により、強い雨を降らせます。 深い対流コアのまわりは、しばしば層状性雨が取り囲んでいます。 層状性領域は深い対流コアにくらべて乱流は弱く降水量も少なめですが、対流コア よりずっと広い領域に雨を降らせます。

storm category 右の図は、熱帯降雨観測衛星(TRMM)*1データをもとに 解析した降水高度と雲頂高度の複合ヒストグラムです。 「降水高度」はTRMM降水レーダ(PR)で観測したレーダエコー頂の高さで定義しています。 また、TRMM搭載可視赤外放射計(VIRS)で得た赤外輝度温度を「雲頂高度」 の代用として用いています。 ヒストグラムから、熱帯降水のさまざまな構成因子に対応する特徴の違いを次のように 読み取ることができます: 浅積雲(雲頂がとりわけ暖かく、エコー頂が低い)、 雄大積雲(雲頂が暖かく、エコー頂が凍結層付近の4−6kmに見られる)、 深層状雲(雲頂が冷たく、エコー頂が凍結層付近に見られる)、 深対流雲(雲頂が冷たく、エコー頂が高い)。 これら降雨システム4種類を以後降水カテゴリーと呼ぶことにします。

time series それぞれの降水カテゴリーが示す特徴は、 地域ごと、季節ごと、あるいはENSO*2の フェーズによって随分とばらつきがあります。 降水の出現確率の時間的推移を、降水カテゴリー別、地域別にプロットした図が右図です。 西太平洋やインド洋では、深層状雲や深対流雲が浅積雲や雄大積雲にくらべ頻繁に観測されて います。 対照的に、中部太平洋ではほとんどの期間にわたり、浅積雲の独壇場と言えます。 このような地域的なコントラストを理解する鍵は、(棒グラフで示されている)大規模 上昇流または沈降流の性質に秘められています。 深層状雲と深対流雲はたいてい大規模上昇流(棒上向き)に伴い観測されますが、 目立った上昇流がないときや沈降流(棒下向き)のもとでは、 浅積雲に取って代わられる傾向にあります。 深い降水システムは潜熱の解放により周位の大気を暖めることができ、大規模循環を産み出す ポンプの機能を果たします。 いっぽう循環場の沈降する側の支流は、蓋をかぶせるように大気の下層部分 (惑星境界層(PBL)と呼ばれる)を閉じ込めてしまいます。 この蓋すなわち貿易風逆転層は深い対流活動を抑えるので、逆転層のもとでは かろうじてPBLを突き抜けてできる浅い積雲のみが存在できるのです。

SST dependence 年々変動や年変動もまた時間推移グラフの中に見て取ることができます。 1998年の始めの4箇月は、残りの期間と比較して変則的なパターンが西太平洋と中部太平洋 に見られます。 これは、20世紀最大級のエルニーニョ現象であった1997−98年エルニーニョの影響に よるウォーカー循環の変質に対応しています。 さらに、降水システムと大規模循環の関係は南アメリカとアフリカ両大陸でとりわけ顕著に あらわれており、同時にモンスーンを示唆する強い季節サイクルに支配されています。

海面水温も、熱帯の降水活動に影響する重要な要因の一つです。 全体的な傾向は単純で、海面水温が高いほど雨は頻繁に発生します。 しかし、水温に対する感度は降水カテゴリーごとにちがいます。 浅積雲は、熱帯域の海面全温度域にわたって分布し、海面水温に対する感度はさほど高くは ありません。 いっぽう、深対流雲は26℃程度を下まわる海面上ではまったく発達できないものの、 より暖かい海では水温の上昇とともに急激に発生頻度が増します。 したがって、浅積雲は冷たい海洋上で存在できる事実上唯一の降水システムですが、 暖かい海になるともっぱら深く発達した降水が支配的になります。 その境目はおおよそ28℃ないし29℃に位置し、この閾値はどの地域も ほぼ同じ値を持ちます。

データ・アーカイブ

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*1: 熱帯降雨観測衛星(TRMM)は、熱帯の降水をくまなく計測することを目的とした日米協力 プロジェクトです。 TRMM衛星は、1997年11月種子島で打ち上げられて以来、現在もまだ運用中です。 TRMM衛星には、降水レーダ(PR)、TRMMマイクロ波放射計(TMI)、 可視赤外放射計(VIRS)など5つのセンサが搭載されています。 より詳しくは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)地球観測研究センター(EORC)が提供している TRMMチャンネルまたは米国航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センター(GSFC) の提供する TRMMサイト(英語)をご覧下さい.

*2: エルニーニョ/南方振動(ENSO)は、熱帯太平洋で二つの異る気候状態がシーソーのように 行きつ戻りつ起こる現象で、その周期は1年から6−7年ほどのあいだで不規則に変化します。 「正常な」ENSOのフェーズでは、東太平洋の湧昇がもたらす冷たい海水が貿易風に吹かれて 西に運ばれるにつれ日射で徐々に暖められ、東西に沿って一貫した海面水温勾配を形成します。 この太平洋を股ぐ水温勾配に伴い、西太平洋暖水域上で活発な対流に応答した大規模な上昇流が、 一方東太平洋では沈降流が見られるのが普通です(いわゆるウォーカー循環)。 熱帯気候を作るこの一つ一つの歯車が「狂う」ことからエルニーニョ現象が起こります。 貿易風と東太平洋の湧昇は弱まり、暖水域と強い降水域は西太平洋から東へ離れ、 ウォーカー循環の上昇流は中部太平洋上に居坐ります。 エルニーニョは南米沖の漁業や東南アジアへの水蒸気供給を直接左右するほか、 中緯度や高緯度の気候にも間接的に影響を及ぼします。 エルニーニョのフェーズに続いて、その裏返しの異常気象ともいえるラニーニャ現象が現われる ことも多く、ラニーニャが終息することでようやく正常な状態が復帰します。

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Last modified: Wed Jun 18 17:30:39 2008