池に投げこんだ小石が立てる波は重力波の一種です。 重力波は、それとよく似た(しかし全く同じではない)しくみで大気中を伝搬します。 ケルビン波は赤道付近に見られる重力波の特殊な例で、東向きにのみ伝わります *1。 惑星大気に特有の別の波動モードとして、大きな渦がコリオリ力の緯度傾度の影響で ゆっくり西向きに伝わっていく、いわゆるロスビー波があります。 松野太郎博士が1966年に発表した理論によれば、赤道波にはケルビン波を含む一連の重力波、 赤道ロスビー波、そして両者の混合モードが存在することが知られています。
1970年代初期、ローランド マデンおよびポール ジュリアンの両博士は熱帯各地の気象観測所
のデータ記録から東向きに伝搬するモードの存在を発見しました。
彼らは、その周期にもとづきこのモードを「40−50日振動」と名付けましたが、いまでは
むしろマデンジュリアン振動またはMJOとして広く知られています。
MJOは、熱帯季節内振動で一際卓越した成分であることがわかって来るにつれ、
ますます関心を浴びるようになってきました。
MJOをめぐる私たちの理解は、過去30数年にわたる多くの実りある研究を通じ着実に
前進しました。
しかし、一つの理論でMJOのあらゆる側面をうまく説明することには、未だ成功しているとは
言えないのが実情です。
右の図は、衛星観測から導かれた外向き長波放射(OLR*2)
に帯域フィルタを適用してMJOを同定し、そのスナップショットを時系列にならべたものです。
赤い(青い)コントアはMJOの湿潤期(乾燥期)を表わしています。
1月10日(Jan 10)にMJOがインド洋上で発生し、勢いを強めながら東に進んでいます。
MJOに伴う対流活動は、2月19日(Feb 19)西太平洋に到着したところで最大規模に達します。
MJOはその後弱まり日付変更線を越えるころには消滅します。
これは、南半球夏期における典型的なMJOの一生のようすを描いています。
さて、ケルビン波と赤道ロスビー波がMJO伝搬機構に果たす潜在的な役割を調べるために、
以下に述べる方法でコンポジット解析を行ないます。
まず、MJOに伴う対流活動の中心地点(図中で×印を振ってある箇所で、以後基点と呼びます)を
スナップショットごとに同定します。
次に、基点に足を据えて東西を見渡し、目に入るケルビン波と赤道ロスビー波を捜し出します
(ケルビン波と赤道ロスビー波は、MJOの同定と同様に適切な帯域フィルタをOLRデータに
適用することで判定します)。
このプロセスを25年分のOLRデータに対してくり返し、
得られる多数のスナップショットを基点が揃うように経度をずらしつつ全体を平均します。
次図は南半球夏期のMJOについて解析したコンポジット図で、横軸のゼロ点は基点を表わします。 ケルビン波(色階調)はMJOの対流がピークを迎える10日ほど前(Day -10)には、MJOから見て西側に 控えていることがわかります。 MJOの最活発期(Day 0)になるとケルビン波はMJOに接近し、さらに10日後には東側に突き抜け ています。 赤道ロスビー波(コントア)はMJOを囲んでゆるやかに集まり、±10日間のあいだ 目だった変化は示しません。 この結果はあたかも、MJOの対流活動最盛期に先立ち、赤道ロスビー波が西から近づいて来る ケルビン波をにらんで待機しているかのようです。 そしてケルビン波がついに赤道ロスビー波と出合ったとき、MJOの対流は頂点を迎えます。
熱帯降雨観測衛星(TRMM)*3データの解析から MJOを個別に拾い出し、ケルビン波と赤道ロスビー波の関係を見てみます。 左図は、TRMMで観測された降水の分布(深層状雲と深対流雲が占める面積被覆率で定義する− 詳細はこちらを参照)の時間-経度図です。 このMJOイベントにはケルビン波の畝が続けて二つ伴っていますが、最初のケルビン波は東から 浸入して来た赤道ロスビ−波によって中断され、その際に残された準定常的な対流活動が 次のケルビン波が到着するまで続きます。 この二番目のケルビン波が東に進行し日付変更線付近に達したとき、そこで遭遇した赤道ロスビ−波に ふたたび邪魔されます。 同時に解析したほかの幾例(ここでは示しません)も、 MJOの活動域内部でケルビン波と赤道ロスビ−波がからみ合うよく似た特徴が見られます。 先に示したコンポジット解析の結果と併せて考えると、 相互作用しつつ伝搬するケルビン波と赤道ロスビ−波が、MJOの伝播機構に大きな役割を担っている 可能性が示唆されます。
この話題に関連した文献
*1: 海洋を伝わるケルビン波は、赤道域のほか 沿岸に沿って伝わることもできます。
*2: OLRは、宇宙から見た地球全体にわたる温度の分布の 良い指標となります。とくに、深い対流は雲頂が冷たくOLRにはっきり映しだされるので、 OLRは激しい降水現象の目印として役に立ちます。 ここでつかわれているデ−タセットは米国海洋大気局(NOAA)が提供しており、OLRは NOAA衛星が観測した赤外ウィンドウチャンネル(10から13μm帯)から導出されています。
*3: 熱帯降雨観測衛星(TRMM)は、熱帯の降水をくまなく計測することを目的とした日米協力 プロジェクトです。 TRMM衛星は、1997年11月種子島で打ち上げられて以来、現在もまだ運用中です。 TRMM衛星には、降水レーダ(PR)、TRMMマイクロ波放射計(TMI)、 可視赤外放射計(VIRS)など5つのセンサが搭載されています。 より詳しくは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)地球観測研究センター(EORC)が提供している TRMMチャンネルまたは米国航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センター(GSFC) の提供する TRMMサイト(英語)をご覧下さい.
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